七尾看護専門学校:最近のニュース

2011年看護学校ニュース

          平成23年度 戴帽式

 11月11日七尾サンライフプラザにて看護学科2年48人が臨地実習を前に看護師としての志を新たにしました。

 戴帽生を代表して香林友里恵さんが「常に学ぶ心を忘れず、患者さんに寄り添い、安心していただける看護技術を身に付けます」と誓いの言葉を述べました。

 臨地実習は恵寿総合病院で12月5日より3週間行われます。

 

2010年看護学校ニュース                                          

   平成21年度卒業式

 

 3月5日(金)卒業式を迎えました。

荒井邦夫学校長が一人ひとりに卒業証書を授与し「看護は誇りと生きがいを持てる仕事です。この学校で学んだ知識と技術と心を生かし活躍して下さい」と励ましました。卒業生を代表して、白江美代子さんが答辞を述べ「実習で私たちを受け入れ学ばせてくれた患者さんに感謝します。より質の高い看護を提供できるよう研鑽し、地域の医療に貢献していきます」と誓いました。

 

      卒業生を送る会

 在校生による「卒業生を送る会」

ロシアンルーレットでわさび入りのシュークリームを食べているのは誰でしょう?

  3年生より在校生・職員に歌のプレゼント

 在校生が「旅立ちの日に」で涙のお別れ

 

       看護観発表会

  3月3日(水)、3年間の集大成! 3年生による看護観の発表会が本校講堂で行われました。
                

特別講演会

 2月26日、当校において加賀屋で客室教育を担当しておられる岩間様を迎え、卒業まじかの3年生と在校生に社会人としての心構えについて特別講義をして頂きました。

 おもてなしの心、感謝の心、笑顔で働くことの喜びなどを語ってくださり「私たちは心のマッサージ師です。仕事が好きでなければ良い仕事ができません」とお客様と患者様と異なっていても本質的な姿勢は同じということを教えてくれました。

 

 

2009年看護学校ニュース 

 

学校見学会開催

 平成21年8月8日と9日に、当校でこれから看護師を目指す人たちを対象に学校見学会が開催されました。学校生活、学習内容の説明、看護技術実習体験、最後に在校生との座談会では保護者も参加し、普段の生活や将来の夢などについて和気あいあいと話し合いが行われました。
   
     参加者の声
           


*先生方や先輩がとても優しく教えてくれて「看護っていいな」と、改めて感じるきっかけとなった。

*在校生との話も楽しく、色々と聞くことができ、今後の参考になりました。

 

月間北国アクタス7月号より

七尾看護専門学校 平成15年度卒業生

宮田  美佐江さん(44)の記事が掲載されました。

   人生、いま一度     38歳で看護師に

 入浴や排せつの介助。話し相手やリハビリの手伝い。できることなら何でもしてあげたかったが、そこには「医療行為」という壁がつきまとった。お年寄りの笑顔に勇気づけられ、宮田美佐江さん(44)=中能登町=は決心した。「看護師になろう」。20年ぶりの「勉強」は、高校時代と比べ、つらく、過酷だった。学生、主婦、ヘルパーの「3足のわらじ」で4年間を駆け抜けたとき、宮田さんに新たな夢が芽生えていた。

 きっかけはいつもお年寄りの笑顔だった。娘の通う小学校のPTA行事で介護施設の見学に行ったとき、熱心に介護する職員と、うれしそうなお年寄りの表情に目を奪われた。「こんな世界があったのか」。電子機器を開発する会社のOLに不満があったわけではないが、職員に拝むように感謝するお年寄りの笑顔にひかれた。羽咋高を卒業して14年勤めた会社は3カ月後に辞めた。

 

「医療行為」の壁
  ヘルパー2級の養成講座に通い始め、1998(平成10)年、資格を取得して七尾市の介護施設で働き始めた。宮田さんは33歳だった。
  当時はまだ介護保険制度は始まっておらず、職員は手探り状態でお年寄りの介護に当たっていた。「あんやと、あんやと」。お年寄りからうれしそうにそう言われると何でもしてあげたくなった。宮田さんは請われるままに脈、熱を計測し、自動血圧測定器で血圧を測っていた。同僚から指摘されるまで、その行いに疑問を持ったことはなかった。
  介護職の医療行為は原則禁止されている。そのことは知っていたが、まさかそんなささいなことが医療行為に当たるとは思わなかった。前記の行為は現在ではすべて認められているが、当時はどこまでが医療行為なのか、はっきりした基準はなかった。良かれと思った行為だけに、ただただ、悲しかった。
  無力感にさいなまれる宮田さんを、お年寄りやその家族は慕い、頼ってくる。悩みながら仕事を続けたが、モヤモヤは募る一方だった。お年寄りの笑顔を見るたびに「これではいけない」と思い、いつしかその思いは決心へと変わっていった。
  施設にほど近い看護専門学校へ相談に行った。その学校には働きながら学べる定時制コースがあった。職場に戻り、上司に相談すると、午前中だけ仕事をして、午後から学校に通うことを許可してくれた。小学生だった娘の面倒を見てくれていた義母に打ち明けると「お金持ちになって、息子を見捨てないでよ」と、独特の言い回しで応援してくれた。

 

「自宅で看取る手伝いを」

 看護学校での毎日は高校時代のようにのんびりしたものではなかった。日が昇る前に目覚め、朝食を作り、職場へ向かう。午前中いっぱい働いて、午後から専門学校で授業と実習を受ける。帰宅後は家事をこなし、出された課題をやり終えたころには午前0時を回っている…。布団で寝ると寝坊するからと、毛布にくるまりながら短い睡眠を取り、大好きだったお酒もやめた。
  そんな生活を3年続け、4年次は休職して国家試験に備えた。現在、筑波大学に通う娘の菜央さん(21)も大学受験を控えていた。「娘より勉強した」結果は合格。ヘルパーの制服からナース服に着替え、職場に出たときの気恥ずかしさは今でも覚えている。04年3月、38歳で迎えた卒業式では、成績優秀者として卒業生を代表して答辞を読んだ。
  現在、以前から勤めていた介護施設の付属病院で働いている。入院患者は高齢者が多く、仕事の内容もヘルパーと重なる部分は多い。それでも「細かなミスが命取りになる。責任感は全く違う」。
  看護師になったとき、宮田さんには1つの夢ができた。それは訪問看護の仕事に従事することだ。「自宅に戻ったお年寄りの表情は何とも言えない。自宅で看取(みと)る手伝いがしたい」。お世話をするお年寄りの笑顔から、宮田さんは「生きる力」をもらっている。

看護師として入院患者の世話をする。パソコン技術や接遇マナーなどOL時代の経験が生きることもある

 

 

「お年寄りに笑顔を」20年ぶりの卒業式

1人3役こなした“白衣の天使”

 

 

卒業式では答辞を読んだ。成績は常にトップクラスだった

 

 4月15日(水)

                  避難訓練と七尾消防署の防災センター

                                   見学と体験

    

 

                            

 

4月10日(金)

                                  身だしなみ講座 開催

                             

 

2008年看護学校ニュース

 

 がんばれ、受験生!! H21.1.8

 

                  受験生激励に

     卒業生、有出さん・小堀さん来校!

2月22日の国家試験に向けて、激励のエールを送りに

来てくれました。合格祈願の鉛筆とだるまさんをいただき、

合格に向け気合いの目玉入れをしました。

 

2008.12.25 北陸朝日新聞 朝刊 石川面に掲載

病床からの絵手紙、力に

看護師への道   元気くれる宝物

 

  七尾市の七尾看護専門学校に通うママさん学生、岡崎幸美さん(28)は、くじけそうな時に元気をくれる「宝物」を持っている。6月に国立病院機構「七尾病院」で看護実習をした時、女性患者からもらった絵手紙だ。

  70代のその女性は難病のパーキンソン病と闘っている。3週間の実習の最終日、渡してくれた絵手紙には「家ぞくのためたくさんの人のためにいいかんごしになって下さいね」という文字が、アヤメの花と一緒に並んでいた。小刻みに揺れる体でつづった気遣いの言葉と絵。「涙が出ました」

  私が朝日新聞七尾支局に着任したのは、今年4月。ある日、診療所の待合室で同校の社会人入試の募集ポスターを見つけた。2児を育てる3年生の岡崎さんに、子育てと学生を両立させる大変さなどを取材した。そのときに教えてもらったのが絵手紙の話だ。

  看護師の勉強は大変だと言う。医学知識は難解で、自宅での「課題」も多い。岡崎さんは7歳と5歳の坊やを寝かしつけ、夜中に起き出して課題をこなした。

  「やめるのに体裁のいい理由はないか、といつも考えていました」。そんな岡崎さんを支えたのが家族や仲間、そして絵手紙だった。勉強がつらくなると、「汚れないように」とクリアファイルに入れた絵手紙を見た。

  私は女性患者に会いたくて、小さな花束を持って病院に行った。婦長さんの仲介で、途切れがちな言葉を聞いた。「発病した若いころ、体がふるえるのを笑われて、くやしかった」「(彼女たちには)患者の心のわかる看護師さんになってほしい」。やさしい目と強い心をもつ人だった。

  人は、だれかが励ましてくれるから頑張れると思う。准看護師をしていた3年生の都松一恵さん(43)は10月に実習に行き、歩行訓練などのリハビリに取り組む女性患者の姿に励まされた。岡崎さんが世話をした6月よりも回復していたという。

  3年生たちには来年2月、国家試験という看護師への「最後の関門」が待っている。林亜由美さん(20)は絵手紙で「国家しけんはかならずうかる事」と励まされた。就職内定先は、あの女性のいる七尾病院だ。「勉強は大変だけど、必ず受かって会いにいきます」

                                        (大畠正吾)

 

 

2008.9.9 北陸朝日新聞 朝刊 石川面に掲載

「看護師に」社会人続々

         介護福祉士の転職目立つ

            3校が入試枠

  社会人を経験したあとに看護師を目指して看護学校で学ぶ人が増えている。県内で「社会人入試」を設ける専門学校は3校あり、中には「クラスの3分の1が社会人」というところも。やりがいや安定性を求めて入学する学生で目立つのが「現場にいて看護技術の必要性を痛感した」という介護福祉士からの「転職」だ。

(大畠正吾)

   県内には看護師を養成する専門学校(全日制、3年)が6校あり、このうち石川医療技術専門学校(金沢市)、七尾看護専門学校(七尾市)、こまつ看護学校(小松市)の3校が「社会人入試」を実施している。試験科目は面接のほか、小論文や国語で、主に「やる気」や人物をみる。こまつ看護学校の村上良夫校長(62)は「社会人の方が目的意識がしっかりしている」と歓迎する。

 

   入学前の仕事はさまざまだが、女性は介護福祉士や看護助手、男性は契約社員やアルバイトが多いという。3校の中でもっとも早く01年に始めた七尾看護専門学校の場合、1年生は11人中5人が介護福祉士。2年生の福盛悦子さん(22)は野々市町の介護施設で3年間働いてから入学した。「お年寄りが亡くなったとき、『私に医療の知識があったら異変にもっと早く気づいて長生きさせてあげられたのに』と思ったのがきっかけ」と話す。授業で薬のことを学ぶと「あっ、あの人はこの薬を飲んでいたんだ」と自分が何も知らなかったことに気づかされたという。

 

   社会人入学には経済面や家庭などで障害も多い。同校は初年度に約105万円の学費が必要で、社会人の場合は入学の前年まで収入があるので住民税などの負担も重い。「多くの学生がなんらかの奨学金をもらっています」と大成信子事務長(53)。福盛さんも「奥能登地域の病院に一定期間勤めれば返済不要」という県の「修学資金」を月10万円受けている。

   3年生の岡崎幸美さん(28)は主婦との「兼業」。7歳と4歳の男の子がおり、「子どもを寝かしつけていると一緒に眠ってしまい、午前2時、3時に起きて朝まで課題をこなすということもあります」。保育園の送迎などをしてくれる夫の両親の応援を支えに頑張っている。

 

   一方、学校側にとって社会人の存在は収入面で大きい。「看護師不足」が問題になる中、県内の看護専門学校は定員割れに苦しんでいる。06年度から社会人入試を始めた石川医療技術専門学校は「少子化で応募が減ることを見越し、社会人に枠を広げた」と説明する。来年度入試では2回だった試験を3回に増やす予定で、増加する社会人の取り込みを狙う。

 

保育園で研修をする福盛悦子さん。

「授業は大変だけど、将来の患者さんの

ために頑張る」=七尾市矢田町のやまと

保育園

 

2008.6.5北陸中日新聞 朝刊 のと面に掲載

七尾看護専門生 スポーツなど交流

   七尾看護専門学校(七尾市なぎの浦)の2年生が4日、学校そばのなぎの浦集会所で、地元のお年寄りたちの健康チェックをしたり、一緒に室内スポーツを楽しんだりして交流を深めた。                                                 (寺本康弘)

                             

                                  お年寄り より身近に

            緊張ほぐれこぼれる笑み

  核家族化でお年寄りと接する機会が少ない学生たちに、高齢者の気持ちや考えを理解してもらおうと学校が企画した。
   集会所には地元の高齢者グループ「はまなす会」の10人が集まった。血圧チェックや簡単な問診をして、得点を書いた穴を狙ってスティックでボールを打つ「スカットボール」を楽しんだ。お年寄りのナイスショットに学生たちの拍手が送られ、盛り上がった。
   2年生の福盛悦子さん(22)は「最初は緊張していましたが、快く受け入れてもらえてうれしかった」と笑顔。学校では、今後9月まで毎月1回、交流することにしている。

 

地元のお年寄りとスポーツを通じて交流を深める七尾看護専門学校の学生たち=七尾市なぎの浦で

 

2008.5.23北陸中日新聞 朝刊 石川総合面に掲載

【22日】

   ▽七尾看護専門学校が、本誌七尾支局を通じ3万1293円。

       17日に中能登町で開かれた能登中部地区看護フェアに

       参加した際、会場で生徒が行った募金活動への善意。

       =写真=生徒代表の小川香緒理さんと樋口幸大さん

 

2008.3.25 北陸中日新聞 朝刊で七尾看護専門学校生が調査協力した

能登半島地震アンケートに関する記事が表紙・特別紙面2Pに掲載されました。

 

能登半島地震から1年

本誌仮設住民アンケート

調査の方法:

    3月8日、七尾看護専門学校(七尾市)の協力を受けて同校学生が面接による聞き取り方式で行った。対象は石川県輪島市、穴水町、志賀町、七尾市の仮設住宅5カ所の入居者で、男女101人(輪島市72人、穴水町20人、志賀町5人、七尾市4人)から回答を得て集計した。

 

進まぬ住宅再建

3割「依然見通し立たず」 

高齢者  厳しい資金

 

   能登半島地震で仮設住宅に入居した世帯のうち、3割近くが住宅再建の見通しが立っていないことが、中日新聞北陸本社によるアンケートで分かった。半年前の調査とほぼ同じ割合で、高齢者を中心に、住宅再建の見通しが立たず今も悩む人たちの姿が浮かび上がった。

   住宅の再建について「建て替える」または「修理する」など、めどがついた人は合わせて67.3%一方で「建て替え、修理をできない」「分らない」と答え、見通しの立っていない人は合わせて28.7%だった。

   「年齢が原因でお金を借りることができないのが不満だ」(50代男性)、「家を再建したいが資金がなく困っている」(80代)など、資金繰りに困っている様子がうかがえる。

   国や自治体に期待する支援としては、住宅再建を挙げる人が47.5%で、前回調査とほぼ同じく半数近くに上り、全年代にわたった。将来への不安も「住宅の再建・修理」が最も多い28.7%だった。

   一年近く続いた仮設住宅での生活でも「なんとなく不安」(24.8%)、「よく眠れない」(25.7%)と訴える人がそれぞれ、ほぼ4人に1人いる。いまも住宅再建や余震の恐怖などで、精神的に不安定な状況が続いているようだ。

   「一人になるのが怖い」(6.9%)、「訳もなく涙が出る」(5.9%)など、地震による心的外傷後ストレス障害(PTSD)とみられる症状を訴える人は、半年前の前回調査よりいずれも微増した。

  

   能登半島地震の発生から、25日で1年が過ぎた。強い揺れで多くの住宅が倒れた石川県輪島市門前町道下でも、新築の家が目立つようになった。一方で、住宅再建のめどが立たない人、いまだに地震の恐怖が忘れられない人もいる。北陸中日新聞が七尾看護専門学校の協力で行った2市2町(輪島市、七尾市、穴水町、志賀町)の仮設住宅アンケートからは、復興途上の被災地の姿が浮かび上がった。

           仮設住宅の前で談笑するお年寄り=輪島市門前町道下で  

            将来の不安「建て替えと借金」47%

                        

  

     公的支援への期待

     個人に限界感

     インフラ充実「次はソフトを」

  行政に期待する支援策を聞いたところ、「住宅再建」が47.5%と半数近くを占めてトップとなった。これは半年前の調査時と変わらず、全年代で万遍なく多数だった。

   「 住宅再建の借金返済がつらい。補助金がほしい」(30代女性、輪島市門前町道下)と、個人で再建に限界を感じている人が多い中、「国にお金がないのに再建できるか」(80代男性、同)という声もあった。

    一方、半年前の調査と比べ、「道路復旧などの基盤整備」を挙げた人は減り、代わりに「生活費」「医療・福祉」での支援を求める声が増えた。地震で寸断された主要生活道路が復旧し、インフラは戻りつつある。今はハード面よりも、ソフト面での支援を期待する。

    「生活費」を挙げた人では「生活支援金で電気製品を買ったが、仮設住宅では置く場所がない。年金暮らしだから大変」(70代男性、輪島市門前町舘)との声があった。

      ニーズと施策にズレ

      満足が3分の1    不満が半数近く

      公的支援の満足度

   国や自治体(県と市町)の支援について「一年たって満足か不満足か」と聞いたところ、「不満足」「やや不満足」を合わせ、半数近く(47.6%)の人が不満足を抱いていた。

   「自治体の援助にもかかわらず、住民の生活は変わらない。道路より生活再建策を」(70代男性、輪島市門前町道下)など、住民のニーズとのずれを指摘する声もあった。

   一方、「満足」と「やや満足」は合わせて37.6%で、3分の1余りが肯定的だった。「国や自治体に望むことを言えばキリがない。ある程度、仮設住宅の暮らしに満足しており、支援してくれるだけでとても助かっている」(80代男性・同)との声もあった。

                 

 

       退去期限1年   迫られる決断

       門前の坂本トクエさん

    「あと何年生きられるか分からん。ここにずっと置いてくれればいいのに」。石川県輪島市門前町道下の仮設住宅。坂本トクエさん(84)は、あと1年に迫った退去の期限をうらめしく思う。

   同町黒島に夫の豊太郎さん(88)と娘、孫夫婦、ひ孫2人の7人で住んでいた。ひ孫のために子ども部屋を作り、畳からフローリングに替えるなどリフォームした。「ためていたお金をつぎこんで、いいがに(良く)なった」。ホッとしていたところを地震が襲った。

   土台がずれて、柱は約20cm傾いた。全壊。知り合いの大工からは「修理しても建て直しても同じくらいお金がかかる」と知らされた。

   孫たちはローンを組み、町内に家を購入したが、全員が住めるほど広くはない。坂本さんと豊太郎さん、娘の3人で仮設住宅に入居した。

   ことし2月、市役所の職員がやってきた。「一年後はどうされますか」。災害公営住宅への入居申し込みの締め切りが迫っていた。「知らんところに行きたくない。土地から離れるのが寂しくて」。踏ん切りはつかなかった。

   そんなとき、神奈川県に住む息子が「建て直してやる」と言ってくれた。「年金暮らしの自分たちでは無理。子どもが言うてくれるなら、すがろうかと」。しかし再建には一千万はかかる。大学生の孫にお金がかかるはず。いつ建つかはまだ分らない。

 

 

焦りとあきらめ  高齢者ら悲鳴

   仮設住宅住民へのアンケートでは、「家の建て替え、修理の予定はあるか」との問いに対し、「する」は57.4%「できそうだ」は9.9%約3分の2の人が住宅再建を進めつつあり、67.6%だった昨年9月の調査とほぼ変わらない。

   一方で、「できない」と答えた人は15.8%。「分らない」も12.9%に上った。こちらも合計すると、昨年9月とほぼ同数だった。

   年代別に見ると、「する」「できそうだ」と答えた人の割合は20〜40代で78.9%だったのに対し、50〜60代では60%。70代は80%だったが、80代以上では44.4%にとどまり、高齢者で住宅再建に困難な傾向が見られた。

   住宅再建のめどが立っていない人に対し、公営住宅への入居について聞いたところ、「入居したい」は4分の1。「入居したくない」は1割だった。大半は決めかねているようだ。

   将来への不安も「再建・修理」「再建の借金返済」が47.5%と半数を占めた。「みんな(再建して)出て行ったら焦る」(70代女性、輪島市門前町舘)と周囲と比べる人や「運命だと思ってあきらめている」(80代女性、穴水町大町)という悲痛な声もあった。

                     ■ドア閉める音に反応   ■訳もなく涙

    門前の主婦

   地震から一年で、住宅の再建も決まった。それでも、地震で受けた喪失感と恐怖は薄まらない。輪島市門前町道下の仮設住宅に夫と住む40代の主婦は「今も地震の真っただ中です」と訴える。

   一年前、同市門前総合支所前で「雪割草まつり」の準備中に被災した。「どん」と突き上げるような大きな揺れ。誰かに揺さぶられるような感覚に襲われ、倒れた。門前そばをゆでる湯が煮立っていた大鍋が倒れ、一緒だった婦人会のメンバーがやけどした。

   大きな余震の度、被災の恐怖感、避難所や仮設住宅での生活が一気によみがえる。わずかな音と揺れにも敏感になった。向かいの部屋の住人がドアを閉める音に、「また大きな地震か」と身を縮める。

    ことし秋には再建する家に戻る見通し。だが、気持ちは晴れない。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断は受けていないが、その症状があると感じている。

    「若いし、家を建てることができるし、悩みなんかないじゃない」と周囲に言われると、違和感を覚える。

地震で傷ついた心の後遺症に、年齢も性別もないと思う。

   今も地震関連の報道を見ると、恐怖で涙が止まらない。「あの日」が近づくにつれ、恐怖でいっぱいになる。「能登は元気です」「復興」などと行政が繰り返す言葉に、「みんな必死でたどりついた一年。もう少し、ゆっくりでもよいのでは」と思う。行政は、被災者らが一連の経験で受けた精神面への影響を調べ、後世に伝えて役立てていくべきだと考えている。

         不眠や喪失感  理解されぬ後遺症

         「必死でたどりついた1年」

   仮設住宅暮らしの人たちに心と体の不調を聞いた。「よく眠れない」(25.7%)「なんとなく不安」(24.8%)という人が、半年前とほぼ同じで多かった。

   「新潟の中越地震のように、再び大きな地震が来たらと思うと不安。今回は修理できたが、次は資金的にとても苦しい」(30代女性、輪島市門前町道下)。住宅再建や次の地震への心配が一因のようだ。

   「気力がない」は18.8%。幅広い年齢層で訴える人がいた。「一人になるのが怖い」(6.9%)、「訳もなく涙が出る」(5.9%)など、PTSDも疑われる症状を訴える人は全体の一割弱。しかし、半年前より各2.1ポイントずつ増えていた。


仮設住宅に住む人からアンケート調査する七尾看護専門学校生たち=輪島市門前町道下で

 

          たまるストレス

         仮設住宅の不満

         「狭さ」42%   「寒さ」35%  「隣の物音」20%

    仮設住宅の問題では、半年前より約一割の人たちが「狭さ」(42.6%)を訴え、「寒さ」は半年前の「暑さ」に比べ4ポイントアップの35.6%が指摘した。

    「ガラスが薄く、寒い」(女性80代、輪島市門前町道下)「寒いし暑いので、あと一年は仮設住宅にいたくない」(80代女性、穴水町大町)など。

   また、「隣の物音」(20.8%)「隣人関係」(6.9%)は、いずれも半年前より8.2ポイント、4.8ポイント増えた。「壁が薄いからうるさいと感じる」(20代男性、同)などの声があり、長引く仮設住宅での負担をうかがわせた。

 

        

      暮らしぶり   「苦しくなった」25%

        ご近所と交流   心に平穏

   半年前(昨年9月)と比べた暮らしぶりの変化について「かなり苦しい」「やや苦しい」と悪化を訴えた人は、合わせて25.7%と4分の1を占めた。時間の経過とともに、生活が徐々に厳しくなっている人が少なくないようだ。

   「家を再建したいが、資金がなくて困っている」(80代女性、輪島市門前町道下)「生活費が大変」(80代女性、同)など、経済的な苦しさをこぼす。

   集団生活での精神的なストレスでは「夜眠れない。慣れると皆、自分勝手になってきた」(70代女性、輪島市門前町舘)との声もあった。時間がたつにつれ、心身の負担が蓄積されている。

   一方、「良くなった」「やや良くなった」は、合わせて9.9%と約1割にとどまった。

    「手工芸品作りをして談話室で過ごすのが楽しい」(80代女性、穴水町大町)。「近所の人たちで協力し合っており不安も軽減する」(80代男性、輪島市門前町道下)など交流施設で平穏を取り戻しつつある人もいる。

   

仮設住宅の被災者アンケートを実施した七尾看護専門学校の学生が、現地を訪問し、住民からの聞き取りを通して思ったことなどをリポートにまとめた。その一部学生リポート(要約)を紹介する。

                         七尾看護専門学校生リポート

地域で違う「仮設」の大きさ      宮下  恵利さん

   仮設住宅を訪れて、七尾市と輪島市門前町とでは仮設住宅の大きさが違っていることに一番驚きました。

   七尾市の仮設住宅は小丸山台の豪邸が並ぶ中に建てられています。ここで生活するのはつらいだろうなと思います。今も家がなく苦しい思いをしているのに、周りが当たり前に生活ができるなんて・・・。他になかったのも分かりますが、もう少し考えて建てられたのではないかと思います。

   ニュースでは輪島市門前町がクローズアップされ、七尾市は忘れられているとの話も聞きました。各地に苦労されている被災者がいることを忘れてはいけないと感じました。   =七尾市小島町で

 

苦しい生活にも感謝の言葉    砂川  桂さん

  「大変ですね」と声をかけると、誰もが「そんなことはない。住む所があるだけでありがたい」と感謝の言葉で返してくださった。その言葉一つ一つに被害者の思いやりや力強さを感じました。その仮設住宅ですら、わずか2年の契約期間しかいられないのだと知りました。あと1年足らずで仮設住宅を出なくてはならないことに「正直、焦るわね」と苦い顔をして話してくれることもあり、深刻な悩みが伝わってくるようでした。

   集会所で定期的にカレー作りもされています。「いつも赤字になるんやわ」と言いつつ、地震で体験したつらさや痛みを分かちあうことは大切だと感じました。     =輪島市門前町舘で

 私も仮説生活  きずな深まる  酒井  晴菜さん

  私も被災者で、現在もなお仮設住宅で生活している。この一年を振り返れば、学費や生活費のことで学生生活を継続できるのか、心配したこともあった。しかし、ストレスは感じたものの、これまでとあまり変化なく過ごすことができた。

   仮設住宅を訪れて「命が助かり、家族が一緒に暮らせるだけでも幸せ」と感じている人が多かった。

  私自身、被災して家族とともに生活する時間が増え、会話も多くなり、きずなが深まりました。被災したことで、多くの人に支えられてもらえた。そして何よりも、生まれ育った土地の人の笑顔が心の支えになった。      =穴水町大町で

 

高齢者ら個別支援必要では   小堀  慶子さん

   半年前の訪問の時には生活を送ることに精いっぱいな状態で、身体症状を訴えたり、健康状態が不安定だったりと表情もさえない方が多かった。

    今回、再び訪問してみると、入居者も少なくなり、少しずつ健康状態も落ち着いてきており、笑顔で話される方も多かった。調査では、「今の生活」に目を向けていました。また「元気をもらったから恩返しをしたい」と、自分たちの生活以外の部分も考えておられます。

   ただ高齢者には不安や心配を抱えている方もおられ、これまでの全体への一律支援から、個人・家族単位の支援が必要ではないかと感じました。      =志賀町富来領家町で

 

二重扉≠ネど工夫さまざま     上田  梨絵さん

   調査を始めて気付いたことは、玄関の前にもうひとつ、扉を付けて二重にしたり、アコーディオンドアを付けたりし、さまざまな工夫をする家族がいることでした。仮設住宅の不満に「狭い」との意見が多く、「家族のプライバシーがない」との意見もあり、被災者に精神的ストレスがたまりやすいと感じました。

   支援の期待では「住宅再建」が多かった。ある30代の男性は、再建を決めたが、子どもも小さく、借金をしていいのか不安を抱えていました。80代の女性は「空にブルーシートを張って住む覚悟」と話されました。被災者の方々が安心して暮らせる日がきてほしいと思います。   =輪島市門前町道下で

 

 

 

2007年看護学校ニュース


命の尊さ忘れない    戴帽式で誓いの言葉

   病院での実習を前に七尾看護専門学校(七尾市なぎの浦)の二年生二十六人が二十二日、戴帽式に臨んだ。保護者や先輩らが見守る中、生徒たちは一人一人、岡長子副校長からナ−スキャップなどを受け、キャンドルに火をともした。ステ−ジに並んだ生徒たちは、看護精神をうたう「ナイチンゲ−ル誓詞」をひと言ひと言力を込めて唱和した。荒井邦夫校長、市医師会長の桜井秀明会長らが生徒を激励。生徒を代表して上田梨絵さんが「命の重さ、尊さを忘れず患者さまと向き合っていく」と誓いの言葉を述べた。

(2007.11.23北陸中日新聞掲載記事より)



2007.9.25北陸中日新聞より

        住宅3割見通し立たず

       疲れ、不眠・・・体調不良訴える声も


           

        能登半島地震から半年

  石川県輪島市を中心に大きな被害が出た能登半島地震で、仮設住宅に入居した世帯のうち3割近くが住宅再建の見通しが立っていないことが、北陸中日新聞と七尾看護専門学校(石川県七尾市)の調査で分った。

25日で地震発生から半年になるのを機に調べた。高齢者の世帯ほど再建に苦しむ傾向が強い。「過疎高齢化」という地域の抱える問題が震災後も重くのしかかっていることが浮かんだ。(七尾支局・寺本康弘)

      高齢世帯ほど割合増       

 

   調査に対し、住宅の再建について「できる」と答えた人は45.7%、「できそうだ」は21.9%  一方、「できない」「できそうにない」「分らない」など、見通しの立っていない人は合わせて28.6%だった。

   年代別に見ると、再建の見通しが立っていない人はすべて50歳以上。また、見通しが立っていない人の割合は60代で13.6%だったのに対し、70代は23.7%、80歳以上では31.8%。年齢が高くなるにつれ割合が高くなっている。

   本紙と七尾看護専門学校調査

  被災地では「年金暮らしで資金がない」「家を建ててもいつまで住めるか分らない」といった声が聞かれ、高齢による収入の減少や気力の減退が、住宅の再建を阻んでいるとみられる。

  行政に期待する支援は「住宅再建」が50.5%と半数を超えた上、全年代で満遍なくいた。「再建する方向だが、ローンを考えると不安になる」(50代男性)などと、個人での負担を重荷に感じている人が多い。

  また、見通しの立たない人のうち、公営住宅に「入居したい」は36.7%で、「入居したくない」は13.3%。公営住宅に抵抗感を持つ人や、長年住み続けた場所で再起を図りたいと希望する人が少なからずいることがうかがわれた。

  仮設住宅での生活では、多くの人が「狭さ」や「暑さ」、「隣の物音」などの不満を挙げた。さらに、そのストレスが健康に影響しつつあるとみられ、「疲れやすい」(33.3%)をはじめ、「よく眠れない」(28.6%)、「なんとなく不安」(23.8%)「いらいらする」(19.0%)と、不調を訴える人が多かった。

 

七尾看護専門学校生リポ―ト

能登半島地震から半年、輪島市を中心に大きな被害が出ました。北陸中日新聞社による協力と当校の学生による地震被災者の意識調査が行われました。三年生を中心として輪島市門前町道下、穴水町、志賀町の仮設住宅5ヶ所の入居者を対象に9月5日、面接による聞き取り方式で行なわれ、回答数は男女105人、災害看護を事前に学習した学生が住民の聞き取りを通して何を思い、感じたのでしょうか。一部学生のリポ−トを紹介します。(9月25日北陸中日新聞掲載記事より抜粋)

 

 

小堀 慶子さん 「だめや」屈折知る

 「何を言ってもだめや」―。調査を行う中で、そうした住民の声を何度か耳にしました。それはあきらめのような声に聞こえました。十分に支援が受けられず、心身の健康状態、生活の問題などから、被災者の方の複雑な思いが表れていたようです。少しずつ地震への関心が薄れているようです。自分もその一人でした。しかし住民の方と接するなかで、さまざまな問題を抱え、不安な日々を送っていることを知りました。被災者の身になって考えた時に、忘れてはいけないと感じました。=志賀町富来で

 

 

蜷川 海鶴沙さん 明るさの裏に不安

 被災者の人が調査に答えてくれるか不安でしたが、丁寧に明るく答えてくださり驚きました。しかし、その言葉の裏には地震で失ったもの、行政への不満、あきらめを打ち消すかのように、明るく振舞っている面もあるように見受けられました。ある高齢の女性からは、わが家に帰りたいという切実な思いが伝わってきました。畑が遠くなり、行けなくなると生きがいがなくなって、どんどん引きこもらないかと不安な思いも訴えました。夜中に目を覚ましたり、急に涙が出てきたり、精神面で深刻な問題も抱えていることが分かり、胸が締め付けられる思いがしました。=輪島市門前町道下で

 

 

有出 誠さん 関心の薄れ気付く

 身近に起きた災害であり、現地のボランティアに参加したいと思っていた。しかし、訪問する直前まで、随分昔の出来事で、どこかで人事のように思っていた自分がいた。調査で深刻な悩みを聞いた。その一つは被災のため職を失った五十代の女性だった。被災の援助金が昨年度の収入に見合った額であるため、生活を送るだけの収入がないということだった。災害の負の大きさを感じた。時間がたつにつれ、災害への記憶が薄れ、関心がなくなることは、復興への大きな障害になってしまうとも思った。=輪島市門前町道下で

 

 

都松 一恵さん 逆境の人々の強さ

 調査に参加し、地震の恐ろしさと、被災者の生活のつらさ、そしてそんな中でも支え合い、励まし合って乗り越えようとしている人々の強さを知った。仮設住宅は同じ地区の人同士がかたまっているのかと思っていたが、そうではなく、しらない人同士だという。住宅の中央部に「談話室」という一軒の建物があった。そこで日中、皆が集まって話をしたり、物を作ったりしている。何人もの人が「これがあるおかげよ」と言うように、毎日のように集まり、励まし合ったりマットなどの作り方を教えあったりしているそうだ。アンケ−トをしていると、「皆のおかげやわ」という言葉をよく耳にした。=穴水町大町で

 

壁 さなえさん 「墓守る」に郷土愛

 仮設住宅は壁が薄く、隣の家との距離が近いため音が気になり、自分も音を出さないように気を使っていました。部屋に入らせてもらってやはり狭く、暑いと感じました。高齢者が多いため、地域の結びつきがとても深く、仮設住宅で生活するようになって、近所の人と話す機会が増えたそうです。「お墓や先祖を守るために(別の所に住む)子どもと一緒に住むことはできない」 と話す人もいました。=穴水町大町で

 

     

  新年度が始まってからの七尾看護専門学校の出来事をお知らせします。

4月当校に於いて、メイキャップのプロによる看護学生としての自分にあったメイクや髪型・身だしなみについての初回講座が開かれました。講師の先生はわざわざ派手なメイクをして来られ「私の化粧を見て皆さんどう思いますか」と質問を投げかけて講義に入りました。在校生には社会人経験者もいますので当然身だしなみは心得ているはずですが、皆さん初心に返って真剣に聴いていました。男子学生にも洗顔方法を教えて頂き各自の肌の状態を確認し、自分にあった基礎化粧を習いました。皆さんナチュラルメイクはいかがでしたか。社会に出ても看護師としての欠かせない身だしなみをきちんと学び、病んでいる患者様の心に少しでも近づけたらと願っています。



「看護の日・看護週間」事業として、より多くの一般の方々に看護を理解していただくイベント「いしかわ看護フェア」が開催され、その行事の一環として、看護職を目指す中・高校生や訪れた地域住民の方々に県内の看護職養成施設紹介、進路相談を行う「看護学校紹介」に5月13日参加しました。2年生25名と教職員8名が七尾看護専門学校を知って頂くチャンスとして張り切って学校を宣伝してきました。七尾市に古くから伝承されてきた「青柏祭の曳山行事」や市民総踊りの中の「七尾まだら」を踊り、おそろいのでか山Tシャツに捻りはちまきを締め『地震なんかにまけとられんちゃ』を合言葉にクラス一丸となりステージ発表をしてきました。

お陰さまで参加者の方々より大変好評をいただき、手作りの学校紹介のポスターやさまざまの形で看護を紹介してきました。今回の活動で今後も、いつでも、どこでも、だれにでも、社会の期待、人々のニーズに応える看護を目指そうと頑張っております。七尾看護専門学校をどうぞ宜しくお願い致します。

 

頑張れ『看護師ランナ−』

北国銀行女子陸上部の主力選手として活躍した山本亜香理さん(32)=中能登町能登部下=が今春、地元の陸上部クラブでランニング活動を再開する。七尾市内の看護学校を卒業し、同市の病院に看護師として勤務することが内定した山本さんの“現役復帰”をクラブの仲間は喜び、「頑張れ、看護師ランナ−」と声援を送っている。

 山本さんは2002年4月、看護師になるという小学生のころからの夢をかなえる為、七尾看護専門学校に入学した。学校では同級生から「ママ」と慕われ、明るく、まじめな性格からクラスの中心人物となった。この5年間の間に2人の子どもを出産した山本さんは今月7日に卒業式を迎える。卒業後は七尾市の恵寿総合病院に勤務することになっており、「患者様の体だけでなく、心にも気配りのできる看護師になりたい」とプロ意識を強めている。

山本さんは中学生のころから長距離のトップランナ−として注目され、高校時代にはインタ−ハイに出場した。高校卒業後、北国銀行に入り県内外のレ−スでエ−スとして力走、全国都道府県対抗女子駅伝では県代表チ−ムの主将も務めた。鹿島ACの選手として復帰するため先月末からトレ−ニングを重ねている山本さんは「看護師の仕事は大変だと思うが、走ることは私の生きがい。生涯走り続けたい」と春からレ−スへ意欲をみなぎらせている。

                                                           2007.3北國新聞掲載記事より

2002.10.18

 戴帽式挙行

 新聞記事(北国新聞2002.10.18朝刊)

 七尾看護専門学校の戴帽式は17日、七尾サンライフプラザで行われ、実習を前にした61人が、真新しいナースキャップを受け取った=写真=。

 戴帽生は岡長子副校長にナースキャップをかぶせてもらった後、ナイチンゲール像の前に灯された奉仕の精神を表す火を一人ひとりのろうそくに移した。

 ろうそくの炎が出席者の顔を映し出し、会場は厳粛な雰囲気に。病気やケガで苦しむ患者の心を明るく照らす志を、戴帽生は改めて胸に刻んだ様子だった。

2002.4.9

 第2期生入学式挙行(40名)

 新聞記事(北国新聞2002.4.10朝刊)

元実業団エース 次の夢へ走る

ランナーから看護婦に転身

 実業団のランナーとして、加賀女子駅伝などで活躍した北國銀行女子チームの前主将、山本(旧姓中村)亜香理さん(27)=鹿西町能登部下=が9日、七尾市の七尾看護専門学校に入学した。走ることも看護婦になることも小学生のころからの夢だったという山本さんは「もう一つの夢」に向かって新たなスタートを切った。

 山本さんが転身を決心したのは、昨年春に腰痛に悩まされたのがきっかけで、抱き続けた看護婦への夢を実現したいとの思いが一気に膨らんだ。北國銀行女子チームに所属して9年目で、同僚にも胸のうちを言えないまま、昨年12月、七尾看護専門学校の社会人入試に挑み、合格通知を得た。

 山本さんは中学校時代から長距離ランナーとして注目を浴び、寺井高に進学。インターハイ出場などを経て、1993(平成3)年に北國銀行に入社した。約8年間にわたり、加賀女子駅伝や全国都道府県対抗女子駅伝に出場し、県代表チームの主将も務めた。

 入学した生徒は18歳から42歳までの40人。最前列に座った山本さんは、名前を呼ばれるとはつらつとした声で答えた。荒井邦夫校長の「初心を忘れず、人間性豊かなあたたかい看護師になってほしい」との激励に、他の入学生らとともに表情を引き締めた。

 式を終えた山本さんは「のみ込みは遅いかもしれないが、自分のペースで学んでいきたい」と語った。


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